【書評】努力不要論〜努力をしない努力をしよう〜

ここ最近は、努力するのはかっこ悪いとか、好きなことをして生きていけばいいということがよく言われる時代になりました。

努力は報われると思う人はダメ。

努力を努力だと思っている人は大体間違い。

このへんの言葉にピンと来た方には「努力不要論/中野信子氏」オススメです。

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努力の定義

努力不要論

 

苦労する=努力ではない。真の努力とは、成果を出すために必要な①目的を設定する②戦略を立てる③実行するという3段階のプロセスを踏むこと。努力という言葉は人を縛り、無料、あるいは安価な労働力として使いたい人が用いるブラックなレトリックなのです。

よく巷で言われる「努力」は、ただ苦労して戦略なくがむしゃらに頑張るという文脈で使われる事が多いですね。

ですから無駄な努力なんて言い方もあります。

ここでいう真の努力(PDCA回しす)であれば、目的に向かって行っているわけですから無駄にはなりません。

婚活に励むアラフォー女子の自分磨きの間違いもそういう中で起こり、結婚が目的で自分磨きが手段だったはずが、自分磨きにはまり出してしまう。

手段の目的化ってどんな時にも起こりやすいですね。まさに無駄な努力・・・。

ただがむしゃらに頑張ってっていうのはもう今すぐにでもやめたいですね。

役に立ちたいと思うのは悪いこと?

役に立つことしかしない人間は家畜と同じ

かなり過激な文章になっていますが、勤勉だけがいいのではなく、「日々の生活を楽しむ」という遊びの部分も必要だということ。

私は以前、「いかに役に立つことするか?」ということを中心において行動していました。

ただ、そればかりしないといけないと思うと、

役に立つために〇〇しているのに・・

そのために努力しているのに・・

と言った具合に自分を正当化するようになってきます。

そこが自分の間違いだったということです。

遊びの要素を削りすぎてはいけないのです。

ただ単に「好きだからやる」ということや「ただやっていて楽しい」ということは悪ではないのです。

そのことについて、もっといろんな人に気づいて欲しいと感じます。

私が小学生の娘に言われたこと

誰にも努力を努力と感じない得意な領域というのがあります。

それはあまり自分の目からは見えにくく、他者からの言葉やヒントが必要です。

私が最近6歳の娘から言われたことは・・・

・いつもKindleで本を読んでいる

・いつもパソコンで何かしてる(ブログやら)

という事らしいです。

読書やブログは好きかも・・なんて思っていましたけど。

自分以外の人から言われてやっぱりそうなんだと再確認。

言われなければ、確かに何時間でもやっていられる、いややりたいこと。

これは、堀江貴文さんの「没頭する力」なんではと思っています。

努力をしない努力をしよう

できるだけ努力をしないで生きようという考え方が最も大事なことではないかと思っています。

ここはまさにそうだと思いました。

自分の得意なことを突き詰めて、ちょっと苦手な部分に関しては、周りにいる人たちにお願いすること。

全部自分でやろうとするから、苦しくなるし、無駄な努力を正当化したくなる。

会社で家庭で地域社会でどういうことができるのか(というより好きなのか)を見つめ直して、無駄な努力はしないと決めて、動けばいいんです。

きっとそうすれば、今の苦しい状況からも抜け出せるのでは?

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阿部洋輔

デイサービス管理者の理学療法士/保健医療学修士/介護業界10年/介護業界で働く施設のマネジャーやリーダー、介護が必要な家族を持つ方に向けて情報を発信しています/みんなの介護「介護の教科書」コラム執筆しています/2人の娘の父/詳細なプロフィールはこちらです

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